「ナンバーワン秘境駅」


  私は深い山奥や無人の原野などに存在し、周囲に人家が無い(少ない)駅を「秘境駅」と呼び、これらを訪問する旅を
 続けている。このように僅かな利用者しかいない駅は、たとえ普通列車であっても朝夕の通勤通学の利用で停車する
 以外は多くが通過する。さらに外部からの道路も整備されていないため、なかなか人々を寄せ付けない、いわゆる到達
 困難であることが“秘境”を冠する由縁である。

 先日の7月25日、真にショッキングなニュースが伝えられた。北海道豊浦町の室蘭本線に存在する全国秘境駅ランキ
 ング1位の小幌駅を所管するJR北海道が同町へ今年度の10月末までに廃止する意向を伝えた。廃止理由は鉄道事業
 での赤字が続いているため、経費削減の一環だとか。秘境駅を観光振興に活用する考えだった同町は、駅の存続を
 訴えて行くとのことだ。ここで観光振興や町おこしの善し悪しを議論する前に、今回の報道は多くの旅行者(ここでは敬
 意を表して秘境駅訪問者と呼ぶ)にとって、まさに青天の霹靂である。

 小幌駅は「礼文華トンネル」と「新辺加牛トンネル」という2つの長大トンネルの間に挟まれた崖のわずかな明かり部分
 (87m)にあり、四方のうち三方が急傾斜地、一方は海(内浦湾)に接する極めて特殊な立地条件を誇る。そのため、
 停車する1日8本の普通列車と船舶以外の交通手段では到達は不可能。さらに、外部と接する車道はおろか歩道さえ
 ないため、たとえ徒歩であっても到達は非常に困難であることから、ナンバーワン秘境駅としている。

 生い立ちは1943(昭和18)年9月25日、蒸気機関車の煤煙の除去や列車を行き違わす信号場として開設され、同時に
 旅客扱いも行っていた。後に複線化されて信号場としての役割こそ失われるが、1967(昭和42)年10月1日に仮乗降場
 として旅客扱いも継続され、国鉄分割民営化となる1987(昭和62)年4月1日にJR北海道の駅に昇格した。

 開設当時は集落もあったが、次第に人が去って駅に通じる歩道も自然消滅。完全な無人地帯となったが、釣りや山菜
 採りなどレジャー用途として細々と使われていた。さらに有珠山や昭和新山など火山帯に近いため地殻変動が著しく、
 両側の長大トンネルの保守点検などを目的とした事業的な側面もある。しかしながら、近年になりナンバーワン秘境駅
 として冒険心を励起させるミステリアスな魅力に惹かれ、いまも多くの旅人が乗降し愛され続けている。


 そんな魅力的な駅をあっさりと廃止してしまう意向に私は異を唱えたい。ここは車道はおろか歩道さえなく、列車でなけ
 れば乗降できない類稀な駅だ。ドライブのついでに立ち寄れる駅とは違って確実な運賃収入を得ることが出来る。さらに
 遠く全国から集まる秘境駅訪問者たちの運賃や特急料金など多くの収入を失うことを考慮しているとは思えない。
 そもそも人家が一軒もない無人駅なのだから定期利用者はゼロであり、単純にそこを持ち上げて廃止理由にしてしまう
 のは拙速ではないかと思う。

 もうひとつ言えることは昨今のJR北海道に対する マスコミの冷徹な扱いにも起因すると考えられる。そこに今年6月30日
 に東海道新幹線の新横浜-小田原間で起きた焼身自殺の一件も尾を引いているのではないか。このような事件や事故
 を未然に防止する上で“リスク管理”として予め臭いものには蓋をしてしまえということだろうか?

 秘境駅訪問者は管理された観光(利益誘導を含む)を嫌う。手付かずの大自然に人やモノに頼らず、自らの考えで行動
 し、小さな発見に旅心を咲かせる人々なのだ。このようにユニークで新たな文化を創造する可能性のある人々を旅の
 手段として鉄道から遠ざけてしまうことが将来に渡って本当に良いことなのか?豪華列車を走らせ、大きな収益が得ら
 れる人々ばかりを優先させるのではなく、こうした秘境駅に乗降できる体験的な要素を設けるなど、旅の魅力を発信して
 いく側として一考願いたいものである。


                                                               2015年8月1日  秘境駅訪問家  牛山隆信